私は自分の女性性についてずっと自信がなかった。
小さい頃からずっとショートカットだった。
5歳とか6歳の頃、衣料品店で知らない男の子に「男がスカート履いてる!」と言われた。
そのショックを今でも覚えてる。
小学校のころ
「楓ちゃんは男子の方が仲いいよね」と言われた記憶がある。
男子と話しているのは楽だった。
女子で仲良くしてくれる子ももちろんいた。
中学校のころ
膨らんできたおっぱいが好きだった。
女子が苦手だった。女子に憧れもいてた。
男子といるのは楽だった。
自分はエロい方の人間だと思っていた。
高校生のころ
エロスが開花した頃だと思う。
男子に恋するのが好きだった。
女性の友人もたくさんいた。
誰も嫌いじゃなかった。
嫌いなのは自分だけだった。
カナダにいたころ
性について何か考えてた記憶はない。
ただただ女だった。
東京に来てからしばらく
ファッションから女性性を排除したい時期があった。
性愛としては男性が好きだけど、女性でいたくなかった。
胸の膨らみが目立たないような衣類をつけた。
中性でいたかった?
でも性愛は全然ヘテロだった。
たまに、自分の”心の性”が
体の性と一致してないんじゃ?と思うことがあった。
女性でいたくないと思うことがよくあった。
でも体はどこまでも女だった。
私は自分の性を見つめている。
それはいつでも揺らいでいる。
愛していると思う人だけ、であるかと思えば
別にそうでもない時もあるし
知らない人じゃないと無理、誰ともわかりあいたくない時もあれば
知っている人とだけ繋がりたい時もある。
正直そこに性が関係あるのか…
わからない。
あるとしてもどれだけ関係しているのかわからない。
今日マルだったことが、明日サンカクやバツになっているかもしれない。
Don't judge others.
他人をジャッジするな。
とはよく言う。
私は自分に対してもこれが言えるのではないかなと思う。
Don't judge yourself too soon.
自分をわかった気になるな。
とも訳せるかな。。
私が大事にしたい感覚は、自分を観察すること。
自分の心や、体の機敏をじっくり見ること。
観察していると、自分はどうしたいのか?が見えてきたりする。
今はムンムンに匂い立つような女になってみたいと思ってる。
でも心のどこかにチンコが生えてもいる。
そういうのを感じる。
感じてそれだけで、ジャッジはしない。
心の性って複雑だよきっと。
私は自分の心を性で分類することはできない。
かえで
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